■
アマンの原点
アマンプリ
Text & Photo by Hiroshi Kuchiki
アマンリゾートという名の新しいリゾートがこの世に誕生したのは、今から16年前の1988年のこと。場所はタイのプーケット島。名前は「アマンプリ」(平和なる場所)と付けられた。
おそらくこの時点では、誰も今のアマンリゾートの姿を想像できなかったであろう。
タイを皮切りに、インドネシア、フィリピン、タヒチ、フランス、アメリカ、メキシコ、モロッコ、カンボジア、インド、ブータンに次々と誕生すること、アマンダリ、アマンプロ、アマンサラ…アマンプリに続いて次々と新しく生まれるアマンが、こんなネーミングになることさえも。
総客室数わずか40室のオールスィートヴィラは、やがて世界のリゾート界に革命をもたらすことになるのである。
2004年7月現在、世界に点在する15のアマンリゾート全ての客室を足しても、457室しかない。
時にリゾートまでのアクセスは極めて悪く、良く知られている有名ホテルチェーンに比べ、宿泊料金も決して安いとは言えない。なのにピーク時の部屋の確保は極めて難しい。
愛して止まないファンを世界中に持つリゾートホテル。こんなリゾートの出現をいったい誰が想像できただろうか?。こんなホテルグループはアマン以外にあるのだろうか?。
周辺の景観と土着文化をうまく取り入れた、巧みなランドスケープと独特なデザイン。施設内、どこにいても差し出してくれる、冷えたミネラルウォ−ターとおしぼりのサービス。ゲストはいつも名前で呼ばれ、食事や買い物にいちいちサインする必要がない…。
アマンリゾートのホスピタリティ、アマンのサービスを比喩するいくつもの表現は、いつからか「アマンマジック」とさえ呼ばれるようになった。
その伝説めいたストーリーは、ここアマンプリからスタートしたのである。
アマンプリの誕生後しばらくは、他のアマンがオープンしてもなお、アマンと言えばアマンプリのことを指していたような気がする。黒く光り輝くブラックプールと、生い茂る椰子の木々、タイスタイルのパビリオンの出現シーンは、それほど衝撃的な出来事だった。
そのアマンプリは、今も変わらずアマンのフラッグシップホテルとして、存在し続けているのである。
アマンプリに滞在し、次々に誕生した世界のアマンを見て廻る。そして2004年初頭、再びアマンプリに帰ってきた。
アマンプリについて言えること…それは、最初のアマンでありながら、極めて完成度の高い形で誕生したアマン、一流のたぐいまれなる才能を持ったアマンであるということ。そして続々と追随する新しいアマンのフィードバックを受け、さらなる進化をし続けているということ。
アマンリゾートの原点、アマンプリ。
アマンはどこから来たのか、そしてアマンはどこへ向かおうとしているのか。そして、一層魅力的でミステリアスにさえ思えてくるアマンプリ。
今回の特集では、16歳になったアマンプリを通して、アマンリゾートの魅力を少しでも感じていただけたらと思っています。
※「アマンプリ」のご紹介はこちら…
アマンリゾート
>
アマンプリ